2011年7月24日日曜日

漆の話

一般に「乾く」とは言うが、漆の場合厳密には主成分であるウルシオールが酸化重合反応を繰り返すことによって硬化する際に一定の温度と湿度が必要になる(つま り化学反応なのです)。特に湿度はおよそ70%以上ないと反応が進まないので固まらない=乾かないということになる。なので、乾燥しがちな冬場はせっせと加湿しないとうまく乾かない。ところが皮肉なことに、鮮やかな発色を求めると、少し低めの湿度でゆっくり乾かす必要があるだが、これがなかなか悩ましい。

上塗りは全行程の終盤、つまり搬入とか締め切りとかがチラついてきて焦り始める時期にやってくる。綺麗な発色にしたいからゆっくり(4-5日かけて)乾かしたいところだが、日が足りない‥というジレンマに陥るのだ。

でもよっぽど慌てて乾かしたりしない限り、実は乾いた直後の色目はあんまり問題ではない。というのも、色漆の発色は乾燥直後がもっとも彩度が低くて、時間とともに徐々に本来の発色にもどってゆく。この「もどり」の変化の度合いが最初の1-2週間が激しくて、その後何年もかけてだんだん鮮やかになってくる。骨董の朱漆の器がびっくりするほど鮮やかなことがある。まあ、「透けてくる」なんて言い方もするが漆そのものの透明度が上がっていくのである、年月とともに。一方、鉱物系の顔料はほとんど退色しないのでどんどん鮮やかになってくるという仕組み。なので漆器は長く持っているとだんだん「イイ感じ」になっていく、という意外と知られていない事実。10年前の自分の作品もびっくりするくらい鮮やかな色になっていて驚くことがある。

工芸の仕事は漆に限らず、素材との正面からの付き合いなのだとつくづく思う。温度や湿度、つまり天気を気にかけながら、一日の段取りを考え、昨日の結果を評価して、明日の仕事を準備する。まさにCraft=Lifeだなと。

1 件のコメント:

  1. 漆に関して「時間がたつにつれ透明度が増してくる」ということを最近知ったのですが、実際に時間と色の変化を体感したことがないので、どういう現象なのかイメージもできないでいました。
    表面化する変化の下で、漆の中で何が起きているのか、とてもよくわかりました。ありがとうございます。

    「本来の色」には時間をかけないとお目にかかれない。
    過去が積み重なった未来で、やっと本来の色に出会える。
    なんだか時間を逆走しているような。でも時間をかけて本質にたどりつくというすごくまっとうなことであるような。
    不思議なものですね。

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