2011年9月25日日曜日

藤川勇造と乾漆

近代日本を代表する彫刻家、藤川勇造は高松の伝統工芸である香川漆器の祖、玉楮象谷の孫にあたり、東京美術学校(現、東京藝術大学)で彫刻を学ぶ以前には高松の名門藤川家で漆芸の技法について一通り習得を終えていた。美術学校へ入学したあとも彫刻の勉強の傍ら漆芸にもいそしみ、漆硯箱を作って当時の漆工コンペで銀賞を獲得するなど、高度な漆芸を身につけていた。卒業後、画家の安井曾太郎とともにパリへ渡り、オーギュスト・ロダンの最後の弟子として西洋彫刻を学んだ。ロダンは「日本には乾漆塑像のような優れた彫刻があるのに、なぜ西洋彫刻を学ばねばならないのか」と疑問を投げかけていたという。藤川は渡仏中にロダンから受けた唯一の賞賛は乾漆製のうさぎの作品であったと回想している。その作品を見たロダンは「彫刻の内部から膨らむようなやわらかい表現は日本人の感性によって生み出すことができる」と賛美したという。

乾漆とは麻布などを漆でかためて造形を行う技法である。現代では造形手法上、もっとも近い概念の素材はFRPである。FRPが合成繊維を合成樹脂で固めるのに対して、乾漆は天然繊維を天然樹脂たる漆で固めるという点において乾漆はFRPに先立つことはるか千年以上も前に確立された造形技法である。現代生活においてはごく一部の漆芸製品においてのみ細々と継承されているに過ぎなく、一般的な知識・理解は皆無と言って良い。数年前に話題になった国宝興福寺阿修羅像は奈良時代を代表する乾漆仏の傑作で、当時でも貴重とされた漆を使って彫刻がつくられており、日本の彫刻技術の根源的な礎のひとつであることは間違いない。ロダンが乾漆仏についてどれほどの知識を持ち合わせていたかは定かではないが、日本の優れた彫刻が乾漆であるということ、また逆に乾漆であることで日本の彫刻の個性が発露した、と考えていたとすれば慧眼というほかない。

乾漆は粘土や石膏で型をつくり、その表面に麻布を漆で積層して形態を生成し、最終的には型をはずす、あるいは抜き取るため、造形自体が空洞に近い造形になることが多い。ロダンの言う「内部から膨らむような」というのはまさに言い得て妙な表現であり、乾漆の本質をうまくあらわしていると思う。また、内部から膨らむような構造の場合自身を支えるだけでなく「構造」としての強度が高く積層の構成によってはFRPに比肩する可能性もあり、一部の建築構造家などが注目しているなど、現代にも十分蘇る可能性のある素材・技法なのです。

来る10月1日から京都市立芸術大学のギャラリー@kcuaで開催される文化庁メディア芸術祭京都展《パラレルワールド》関連企画《共創のかたち〜デジタルファブリケーション時代の創造力》には、乾漆で制作された椅子の実作が展示されます。乾漆のみで人体を支えることを実証する試みです。お近くの方は是非ご覧になって、乾漆を体験してみて下さい。ロダンの気持ちが分かるかも?
写真は拙作:「捨てられないかたち」

1 件のコメント:

  1. はじめまして。
    古い記事を掘り返して申し訳ありません。
    私は乾漆技法について研究をしているものです。
    記事中の“ロダンは「彫刻の内部から膨らむようなやわらかい表現は日本人の感性によって生み出すことができる」と賛美した。”に興味がありまして、もし可能でしたら、どの文献にこの内容が掲載されているか教えてもらえませんか。

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