2014年3月30日日曜日
危機的?そうでもないかも
2014年3月27日木曜日
だれも気にならないのか?
岐阜大仏を見てきた。詳しい来歴はWikiに譲るが像高13mを越えるスケールは奈良、鎌倉と肩を並べる大きさで、日本三大仏と称する向きもあるらしい。格や歴史ではかなわず、一般的には認められていないそうだが、僕が気になるのはこれが乾漆だということ。木材の柱を拠り所にして竹を編んで概形を作り、粘土で表面を整えた上で、経文を書いた和紙を漆で固めた構造で、その成り立ちから「籠大仏」とも呼ばれている。いずれにしても天平期の正統派ばりの乾漆像だ。40年近くをかけて制作され、完成は1832年というから19世紀だ。不思議なのは、天平期に隆盛を迎えながらも、その後の木造仏の技術発展などによりほとんど作られなくなった乾漆仏が1000年の時を超えてなぜ、そしてなぜ、時の権力と関係のない地方にこの大きさで作られたのか、ということだ。17世紀にはすでに漆は輸入に頼っていたことが最近になって科学的にも確かめられており、つまり、国産漆はすでに需要を賄えていなかったわけで、単純に考えて19世紀にこの大きさの大仏を乾漆で作ろうとは、普通は考えないと思うのだ。どこを調べても大きさや構造やちょっと造形がユニーク、みたいなことは書かれているのだが、そもそも「なぜ漆なのか?」という問いを立てた人がこれまでいなかったのだろうか。そこが一番不思議だ。ともあれ、そのお顔や佇まい、お堂も含めて、京都宇治黄檗山万福寺の末寺ということもあり、全体としては少し大陸的な雰囲気の境内はとても落ち着いた気持のいいお寺でした。普茶料理にありつけなかったのが無念。2014年3月10日月曜日
ながしず漆植樹際
日本はその昔、漆の国と言われましたが、今では国産漆は生産量が激減しています。国産漆は良質な漆として知られており、光沢に優れ、硬化した塗膜はとても堅牢・強靱(きょうじん)で、宮城県では瑞鳳殿や大崎八幡宮などに使われてきました。こうした文化財の修復には国産漆が使われます。しかし、国産漆の減少と価格の高騰がこのまま続けば、文化財の保存もままならなくなるでしょう。
この度、「宮城県みんなの森づくりプロジェクト」では東日本大震災で被災して耕作放棄された海岸沿いの平野部にウルシ(樹木としての漆はウルシと書きます)を植えることになりました。平野部で管理育成することで、山間部に比べて労力の削減と健全で効率的な栽培が可能です。植栽から漆採取までは15-20年を要しますが、今この問題に向き合わないと、漆の文化そのものを失ってしまいます。漆は天然の抗菌作用があり、一般的にはあまり知られていない食品、蝋燭、染料などとしての多様な可能性のほか、現代生活でも十分に利活用できる衛生的で高機能な天然素材です。循環型の資源としてウルシ栽培を通して被災地に将来的な雇用を生み出すことで、漆産業の発展と伝統文化を守ることにつながります。
3月9日日曜日に南三陸町長清水(ながしず)地区にてウルシの植樹を行いました。宮城の方のみならず東京や京都からもご参加頂き、60余名のみなさんで100本を植えました。当日は晴天に恵まれ幸先の良い一日でした。これから息の長い取り組みになりますが、地域に根ざした活動になるように様々な企画を準備しています。みなさんも是非一度お運び下さい。
この度、「宮城県みんなの森づくりプロジェクト」では東日本大震災で被災して耕作放棄された海岸沿いの平野部にウルシ(樹木としての漆はウルシと書きます)を植えることになりました。平野部で管理育成することで、山間部に比べて労力の削減と健全で効率的な栽培が可能です。植栽から漆採取までは15-20年を要しますが、今この問題に向き合わないと、漆の文化そのものを失ってしまいます。漆は天然の抗菌作用があり、一般的にはあまり知られていない食品、蝋燭、染料などとしての多様な可能性のほか、現代生活でも十分に利活用できる衛生的で高機能な天然素材です。循環型の資源としてウルシ栽培を通して被災地に将来的な雇用を生み出すことで、漆産業の発展と伝統文化を守ることにつながります。
3月9日日曜日に南三陸町長清水(ながしず)地区にてウルシの植樹を行いました。宮城の方のみならず東京や京都からもご参加頂き、60余名のみなさんで100本を植えました。当日は晴天に恵まれ幸先の良い一日でした。これから息の長い取り組みになりますが、地域に根ざした活動になるように様々な企画を準備しています。みなさんも是非一度お運び下さい。
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