ふわふわと綿のような花をつけているのはウワミズザクラ。去年はなぜかあんまり咲かなかったのに、今年はわっさわっさと元気な咲きっぷり。なんとなくモミジもほかの木々も、今年は強い生命力を感じる。そういう微妙な差がわかるようになってきた、ってことだと思う。ここに暮らしてはや3年。
2013年5月25日土曜日
はや3年
三ヶ月。約90日。2月ー5月で平均気温の差13度、平均すると1日あたり0.144度づつ上昇していることになる。こんなにリニアに変化はしないが、たとえリニアだったとしても0.144度の変化を毎日体感することは難しいだろう。それが三ヶ月もすればあんなに積もっていた雪も跡形もなく、丸裸で恥ずかしそうにしていた雑木も今や緑の息吹にむせかえらんばかりだ。
2013年5月6日月曜日
割り技炸裂

縁あって立派な楢を分けてもらえることに。伐採、ではなく、ユンボで根こそぎなぎ倒してあるとのことで早速現場に直行したところ、40〜45年くらいの楢や杉がゴロゴロと。なんともありがたいことである。これくらいになると40cm程度の玉切りでも40kgくらいはあるので、とても一人では運べないので、現場で薪割りすることに(ちなみにこの玉切り1個で真冬半日分)。さすがにこのサイズだとスマート・スプリッターでは歯が立たないので、先日購入した斧で割ってみる。これくらいの径になると半分にして半分にして。。と割っていくのでは能率が悪いので、一気に6〜8個に「割り分ける」のだ。慣れない間は自転車のチューブを周囲に巻き付けて、割れた薪がバラバラにならないようにするのだが、これはこれで巻くのが面倒くさい。慣れてくると、チューブなしで、斧の力加減で最初はうまい具合に「割り切らず」に亀裂だけを入れておいて、あとから一気に6〜8個に「割り出して」いくのだ。スマート・スプリッターもスグレものだが、やっぱり頼りになるのは斧だ。しかもこの独helko社のVarioは全体のバランスがいいのか、件の衝撃緩衝アルミ部材が効いているのか、体への負担が少ないようだ。しかし、まあ同じドイツで質実剛健な作りとは言え、クルマの使い方は間違ってるな。。
2013年4月27日土曜日
スマート・スプリッター
我が家では「連休」と書いて「まきわり」と読む。 先日斧を新調したところではあるが、昨年少々腰を痛めてからは全量を人力で割るかどうか、いや、薪割り機を買うぞ!などといろいろと選択肢を探していたのだが、人力と機械の間くらいのものが見つかったので試してみることに。その名も「スマート・スプリッター」。スウェーデン生まれのスグレものらしい。機構は極めて簡単で、斧の先端(スプリッター)が鉄棒の軌道を上下し、スプリッター上の別の金属棒軌道を上下するオモリを叩きつけて割るという仕組み。見るからに華奢なのだが、これが結構安定していて、パッコンパッコンと小気味良く割れるのだ。小気味良く、とはいうものの、玉切り(切り倒した木を40cmほどの長さに輪切りにしたもの)にした木(重いものでは30kgくらいはある)を所定の位置によっこいしょと乗せる労力は変わらないし、持ち上げるオモリは3kgと斧とほぼ同じだし、1サイクルにかかる時間も劇的に早くなるわけでもないのだが、なんといっても斧を振り上げて狙いを定めて一点に力を込めつつスナップを効かせると同時に腰を落として一気に振り抜く、というのはかなりの肉体的負荷のかかる仕事で、この道15年(大阪のアトリエ時代から数えるとそうなる、をを、感慨深い)とはいえ簡単な仕事ではない。それに比べれば、狙いを定める必要は無いし、斧を振り上げるときによろける心配は無いし、つまりはうちの嫁はんでも出来るし(実際できた)、ということで総合的にはとても良い。ものによっては斧でスパーンと割る方が早くて気持ちいいこともあるが、たとえば1時間でできる薪の量と肉体的疲労のバランスでは圧倒的に「楽」なことが分かった。今日は堅い楢の木ばかりだったが、杉ならオモリの自由落下の力だけでも割れそうなので焚きつけ作りにはもってこいのようだ。これは嫁はんの仕事にしよう。2013年4月21日日曜日
斧
2013年4月14日日曜日
竹
2013年3月31日日曜日
春近からじ?
2013年3月16日土曜日
天然版杉本博司
ここ数日で一気に気温が上がりだした。今日は日中12度もあり、さすがの我が家の「秘境」も最期の時を迎えようとしていた。ここは毎年豪快なつららが見られるところで、一番寒い時期にはせり出した岩の先端から川面までの約3mを縦に繋ぐ氷柱が出来るほどだ。このあたりの岩は花崗岩が風化した?ような質感で、表面から鱗状にボソボソと剥がれてゆく。雪解けによって年々表面が削り取られていっており、今年は氷柱の付け根から一気に崩れ落ちたようで、直後だったらしく、割れた断面がくっきりとまるでガラスの塊のようだ。つい先日杉本博司の展示を見てきたが、ひょっとすると、ガラスの作品もこうした天然の造形が原風景なのかも知れない、と思わせるようなどこかしら神秘的な佇まいだった。春が来た。
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