夕暮れに散策した昨日はちょうどお盆でお寺で盆踊りで賑わい、家玄関先で送り火を焚く家も多く、いつになく人気のある根白石でした。
2012年8月16日木曜日
懐かしさ
我が家の麓の根白石地区はかむりの里(神様が降りたところで「神降」、あるいは馬から落ち神様が冠を落とした川「冠川」などの神話由来の地名)と呼ばれ、江戸時代には伊達政宗公の実祖母である栽松院が住み、没後、白石城内に墓を建てたことから、政宗公もよく根白石を訪れていたという由緒正しいところで、旧街道沿いのお寺や大きな造り酒屋など古い木造の建物も多くなかなか風情のある村だ。なかでも仙台に残る唯一の木造校舎の根白石小学校は築82年を誇り、学舎(まなびや)としての威風を感じさせる。今時の町中の小学校のような部外者に対して極めて排他的な雰囲気とは正反対で、広々とした校庭は、隣の老人センターや田畑と緩やかに繋がり広がり、地域をあげて子供を守り育てるという安心感が漂っていて、不思議な居心地の良さを感じた。こうした昔ながらの寛容な雰囲気はとても大切だと思う。総じてこの集落は「懐かしさ」に満ちていた。
2012年7月31日火曜日
ゆく川の流れは絶えずして
普段は穏やかでまさに清らかな清川も、ここ最近の豪雨の際には結構な迫力で水量を増し、ダイナミックな姿に変貌する。山に暮らしていると自然の現象がどれも迫力満点だ。雷は山間に共鳴して地鳴りと共に迫ってくるし、いぐね(東北によく見られる住居を守る防風林)をすり抜ける風の爆音たるや身の危険を感じるほどだ。なかでも大雨で増水した川が大きな岩をゴロゴロと転がす轟音はいままで聞いたことのない不気味な地響きのようで、とても普段の清川からは想像もつかない。
雨が上がって水が引くと、すっかり川底の様子もかわって、静かな淀みができているかと思えば、すぐそこにあったはずの大きな岩が無くなって、かわりにまだ苔むしていない新しい岩がまだ自分の居場所が決まらず居住まいが悪そうにしている。これもしばらくすると少しづつおさまるところにおさまった頃にはまた大雨でゴロゴロとどこかへ。。まさに川はそこにあってそこにない、うたかたの常ならむ景色である。
2012年7月25日水曜日
ここだけ屋久島
梅雨が明けたとはいえすっきりしない日が続く。市街地よりも3〜4度気温が低い清川では、この季節朝夕や雨上がりには霧が出る。泉が岳というまさに「水の山」の麓だけあって、集落一帯が霧に包まれることもある。今朝の清川はうっすらと空気の層も見えてちょっとした秘境気分。我が家は大きな一枚岩の岩盤上に建っていてその岩盤にしがみつくように樹齢60年(推定)ほどの大きな杉の木がある。まさにご神木といった佇まいで、結構な迫力なのだが、この根元のかたちがとてもダイナミックで、さらにこの時期とても瑞々しい苔におおわれて、さながら「ここだけは屋久島」というような景色になる。瑞々しさにさそわれて(?)アオダイショウも顔をのぞかせた。我が家はいろんな神様に守られているようだ。
2012年7月18日水曜日
自給事始め
以前のエントリーでも書いたが、この季節になると野菜は到来物で事足りてしまう。もらってばっかりというのもなんだし、自給の第一歩として、枝豆とトマト、ネギ、二十日大根、バジルに紫蘇などなどで畑をはじめた。整地をしたのをきっかけに土が軟らかくなったところを耕しただけ。肥料も入れてないし、日当たりもやや心細いものの、枝豆はぐんぐん大きくなり、紫蘇やバジルはせっせと摘み取らないとわっさわさになってしまう。今日はこれまた到来物の落花生とバジルで和風ジェノベーゼソースでポテトサラダに。紫蘇も大量にとれるのでこれは近々ギョーザとなってウチの冷凍庫に眠ることになるでしょう。トマトはオーブンでドライトマトにしてからオリーブオイルとアンチョビ、黒オリーブに漬けてランチやおかずのアクセントに。そろそろ梅雨明けで枝豆が楽しみな夏本番。(ちなみにこのざるは古くやれてたものに拭き漆をして復活させたもの。漆の抗菌作用、防水効果で一生ものに?)
2012年6月30日土曜日
山暮らしの花暮らし
長い梅雨晴れながら気温はそんなに高くないので暑さに喘ぐようなこともなく木々の様子も落ち着いて見える。花の季節ということではバラや紫陽花が活き活きとする時期、バラ祭り開催中の近くのボタニカルガーデン(http://www.izumi-green.co.jp/site/botanical/index.html)に行ってみた。
ダム湖を取り巻くように広がる敷地面積21,000坪(7ha、を、うちの100倍か)に丁寧に手入れされた花畑、というより自然の植生を残しつつ人工的になりすぎないように、そこここにそっと花を散りばめた、そんな感じのとても気持ちの良いところ。田舎くささは微塵もなく、こんないいところが隣の山にあるとは知らなかった。ウチも「山」具合では負けていないが、花のアクセントが効いている景色はまた違う良さがある。
時期は過ぎているもののイチゲやカタクリなどの山野草の自生エリアをウリにしているが、そういう楚々とした小さな野草はウチの川縁になんぼでもあるで〜と少々得意になりながらも、多種多様で華やかな紫陽花なんかはウチにはないキャラクターなのでやっぱりええね〜と庭造り構想を膨らませつつの小一時間の散歩でした。
帰宅後、さて我が家の「庭(?)」の花はどうなってるかいな。。とひとまわり。プクプクに熟した木イチゴが夕暮れの茂みから鮮やかなオレンジ色をのぞかせていたので鳥や動物に取られる前に収穫。


2012年6月23日土曜日
板子一枚下は地獄?
梅雨の晴れ間。広いバルコニーが気持ちのいい午後。ここから眺める四季折々の景色はほんとにスバらしくて、真冬でも厚着して股火鉢で雪景色を眺めたくなる。梅雨は梅雨で少々の雨では濡れないので晴耕雨読、落ち着いた読書の時間にもイイ。。
とはいえ所詮は「外」「屋外」なのでこまめな掃除は必要。黄砂の季節には床のスノコがうっすら黄色くなるほどだし、周囲は未舗装なので土埃の堆積や秋には落ち葉など、さらに我が家はカーテンが全くないので灯りに誘われてこの時期は蛾や小さな昆虫がわんさと窓にへばりついてきて、朝には大量の死骸となって降り積もるのだ。ササッと箒で掃けばひとまずオッケーで、時々拭き掃除をしていさえすれば日常的には快適に過ごせる。。表面的には。というのも床はスノコ、そこにはすき間があり、その下には10センチほどの「別世界」があるのだ。頭では理解しているものの、そうしょっちゅうスノコをひっくり返して掃除するのも面倒で、別世界に日に日に堆積する「あれ」や「これ」やの様子を想像しては忘れたつもりでいたのだが、いつかはやらねばならない、という気持ちになぜか今日は火がついて、思い切って大掃除することに。別世界は想像通りでもう筆舌に尽くしがたい地獄の様相を呈していてここでは具体的な描写はやめときます。想像にお任せするということで。まずは箒とちりとりであらかた別世界の住人にお集まりいただき退去してもらってから、高圧洗浄機でビシャ〜っと一掃。排水のための「くちばし」も幸い詰まっておらず、小一時間ですっきりさわやかに。これでしばらくはほんとに気持ちよく過ごせそう。
あ、先週遊びに来てくれてバルコニー絶賛してくれたN君、ごめんね〜実は足下はこんな状態なのでした。
2012年6月9日土曜日
川下り
登録:
投稿 (Atom)











