2014年6月16日月曜日

なんてこった。。

 隔世の感、とはまさしくこのことだろうか。30数年前、紙飛行機(といっても視界を去るほど良く飛んだ)少年だった僕にとって、ラジコンヘリコプターは価格的にも技術的にも完全に雲の上の存在だった。当時からジャイロ(姿勢安定装置)はあったとはいえ、あくまで操縦をサポートする程度の機能で、「自律」にはほど遠かったはずだ。ホバリング(その場で一定の高さで浮いたまま静止する)でさえ(というかこれが難しいのだが)、初心者には最大のハードルで、これが出来るようになるまで何度も墜落させてその度にウン万円が飛んでいくのだから、趣味を始める前に高収入の職業に就くことを考えないといけない、特殊な世界だった。はずだ。
 それが今や数万円で完全自律ホバリング、風の影響も関知しながら地上との距離を超音波で測距しながら粛々とひとりでに浮かぶのだ。さらにHD画質で動画が撮影できる。。。そういうものが存在することは知ってはいたが、手にしてみて実際に飛ばしてみて、そのあっけなさにしばし呆然とした。なんてこった。。簡単すぎるではないか。この工夫の必要なさは、現代のホビーの特徴(できすぎてる)といえばそれまでだが、こんな簡単なもので遊んだ子供の将来を心配してしまうのは職業病か。
 ともあれ、早速ウルシを植えたエリアを空撮してみた。この映像に個々のウルシのGPS位置情報を貼り付けたりして、ウルシの成長をデジタルに見守る作戦の一環なので、これは立派な研究機材なのです。

2014年5月31日土曜日

切れ味実感


包丁を買った。もはや説明不要の、本邦が世界に誇る銘品のひとつ。毎朝フライパンに千切りのキャベツにニンジンを混ぜたものを鳥の巣のようにひとつかみ、真ん中を少しヘコませたところにタマゴをそっと落として蒸し焼きにする。これをほぼ365日毎朝作るのが撲の日課なのだが、その割にはこれまでずっと平凡な包丁を使ってきた。研いだ直後は良くてもすぐ切れなくなるし、さりとて数日ごとに包丁を研ぐのも、それはそれで楽しいし刃物の仕立ては好きなので苦にはならないけども、時間はかかる。一方で、料理は包丁で決まると言われる(?)ように、特にこの鳥の巣タマゴではふっくら感が命なので、細かい千切りでないといけないのだ。切れない刃物ほどアブないものはないので、思い切って買ってみた。やっぱり刃物は切れなければイケない。というか、手の動きはいつも通りなのに、切れてくるキャベツの細かいこと細かいこと、突然千切りの達人になったみたいだ。切れ味は味にも直結、実際いつにも増してふんわりしていて格別においしい。気をよくして手もとが狂ったか、片付けの途中でなにかが指先に触れたな、と思った直後、鮮血が。。ほんの少し先端に触れただけなのに左手の薬指の先端がすっぱりと1㎝ほど切れていた。恐るべしグローバル。



2014年5月25日日曜日

焚き火の教え

 アメリカの笑い話で一輪車のタイヤに「このタイヤで高速道路は走れません」というPL法の注意書きがあるとかないとか。考えたら分かるやろ?なことも経験がないから本当に分からない人がウヨウヨいるとなると、こういう奇跡のような想定も必要なのかも知れない。火の始末がちゃんと出来ない人が多くなったからか、煙が近所迷惑だからなのか、まさか温暖化対策とは思えないが、今時は普通に家庭で焚き火も出来ないようだ。なんでも家庭用の焼却炉もダメだそうで、なんとも了見の狭い世の中になったもんだ。

 子供の頃、焚き火は日常だったが、決してひとりではやらせてもらえなかった。単に危ないという理由以上にうまく火を整えることには多くの技術を要したから、責任の重さはには想像がついた。焚き火にはまずは準備が必要だ。万一に備えて十分な汲み置きの水、火力の調整用のじょうろ、延焼しないように周囲の整備も重要だ。次は段取りだ。焚きつけを考え、枯れ葉や柴をくべつつ小さな火を少しづつ育てるように大きくしていく。できれば事前に草むしりをしておいて、水気のある草を集めておくと炎の立ち上りを防げる。全体に先だって天気を読む能力も必要だ。乾燥した風の強い日は論外、夕方から雨模様なら万全だ。最も重要な仕事が後始末だ。もう十分、というくらいに水をかけても数時間後、夜になって暗闇に赤くいこってブスブスと煙りを上げることもある。最後にたっぷり水をかけて消火を見届けてやっと一人前だ。ここまでひと通りやれば自然と火を畏れるようになる。「焚き火の教えは心と目に染みる」とは旧友の談だが、まさに言い得て妙。

2014年5月11日日曜日

きんきん?


メガネとの付き合いはもう25年以上になる。もちろん近視矯正から始まったわけだが、映画やドラマの渋〜いおっさんたちの「鼻眼鏡」に昔から憧れていたので、将来どんな老眼鏡がいいかなと楽しみにしてきた。そしていよいよ、ここ数年で決定的に焦点調整能力が落ちてきて、2年前に作った遠近両用の「近」の方が合わなくなってきたので、ついに老眼鏡を作ることにした。とはいえ、常にメガネを二本持ち歩くのは面倒だしどうしたもんかなと思っていたところ、良い物をみつけた。なんとメガネが鼻のところで真っ二つに分かれるようになっていて、つるがそのまま首の後ろで繋がっているというコロンブスのタマゴ的?なデザインなのだ。これがとても具合がいい。マグネットでパチンパチンと小気味よくつけ外しができて、外したらあとは首からぶらさがっているので無くしたり探したりする必要がない。標準で付いてくるレンズはオモチャみたいなものなので、きっちり老眼測定してレンズを新調。びっくりしたのは、遠近両用というのは馴染みがあったのだが、なんと「近-近両用」というスペックがあるのだ。伏し目で手許の本を読むような距離と、少し顔を上げてコンピュータのモニタを見るような距離の両方をカバーするのだ。「両用」っていうのもどうかと思うが、レンズの上半分と下半分で役割を分けてあるのだ。もちろん境界なんてものは無くて目の動きにとても自然に合っている。レンズテクノロジー恐るべし。これでオレも渋いおっさんの仲間入り?にはまだ年季が足りないね。

2014年4月30日水曜日

つつきすぎ

 コツコツと木を叩く音がするな、と思ったらコゲラが必死に巣作りしているのが見えた。部屋からでもすぐそこの欅の枝をつついているのが見える。しかし必死だ。朝から夕方まで時々休みつつ、ひたすらつついている。見ているこっちが心配するくらいの勢いでみるみる穴は大きくなり、こちらが気付いてから3日ほどですっかり身体が入るくらいになった。今度は中から巣穴を大きくしているのだろう、時々穴から顔を出して嘴で木くずをはき出す仕草がとてもけなげでカワユい。我が家の野鳥観察図鑑によると、コゲラは雀よりも少し大きいキツツキ科の仲間で、「Japanese Pygmy Woodpecker」とも呼ばれ学名の一部の「kitzuki」は本種を記録した時の標本の採集地が大分県杵築市だったことなど、日本人には昔から馴染みのようだ。どうやらつがいのようで、もう一匹はそばをちょろちょろしながら心配そうに(?)作業を見守っている。これで毎日様子が楽しめると思っていた矢先、庭先で大きな音!なにかと思ったら、どうやらコゲラが頑張りすぎたようで、枝が折れてしまったのだ。もともと掘りやすい朽ちかけたところを選んでいたのだと思うのだが、いくらなんでも頑張りすぎ?彼女にイイところを見せたかったのか?


2014年4月20日日曜日

すっぴん

 クルマの話を少々。89年式プジョー309GTI。205というコンパクトなハッチバックは日本でも一世を風靡した感があるが、この309はほとんど見かけたことが無い。309と言えば、クルマを長く乗るヨーロッパではいまでも現役バリバリでタクシーなんかにも良く使われている。一昨年南イタリアを旅した時にも3〜4台は目にした。コンパクトな205を大人4人が座れるようにホイールベースをストレッチしてトランクをくっつけたような、昔でいう3ボックスなれど、2ドアでノッチバックという、謎のデザイン。リアウインドーごとガバッと跳ね上がるノッチバックは意外と使いやすくて、可倒式・完全フラットのリアシートを畳めばかなり大きな荷物も飲み込めるのだ。つまりファミリーカーとして設計されているのだが、このGTIは1.9LのただのOHVから130馬力、185/55/15という当時としてはかなり大径&扁平のタイヤを履いた、走りにこだわったグレードだ。5速・100km/hで3000回転近く回ってしまうローギヤード設定と、今の常識からすれば「超軽量」といっていい970kgの軽量ボディーのおかげで、のけぞるような加速は強烈だ。オールアルミのエンジンでシングルカムのおかげもあって軽いボンネットは重心も低く、ほとんどロールしない足回りで回頭性が高くアンダーステアとは無縁だ。このスペックでも、ストロークたっぷりのサスペンションのおかげで乗り心地が良いのがフランス車の矜恃といったところだろうか。マニュアルミッション、電子デバイスなし、エアバッグなし、衝突安全基準なんてだれも気にしなかった時代の、今では考えられないような本当に「素」のクルマだ。
 普段はすでに17万キロを越えた98年式パサートワゴンに乗っているのだが、興味深いのは89年-98年のこのあたりの10年でクルマはメチャクチャ進化したということだ。すでに16年前の年式とはいえ、エアバッグ(シート含む)、電子制御の入ったAT、トルク制御デフ、ABS、無線式ドアロック、サイドインパクトビーム、前後クラッシャブルストラクチャー、などなどほぼ現代の標準が揃っている。最新技術では自動ブレーキだとかアンチスリップなどのアクティブセーフティー系が目白押しだが、これはクルマの進化というよりはコンピュータとセンサの進化といっていい。走る、曲がる、停まるの基本性能はこの10数年ほとんど変わっていない。快適になり安全になったことは結構なことだが、クルマに乗っている、というより乗せられていると感じるクルマばかりなのは、クルマが完全に大衆化した証なのかもしれないが、走りを優先した高性能車であっても、ドライバーをサポートするなにがしかの電子制御を完全に断ち切ることができるクルマは皆無(ケーターハムが軽のセブンを出すらしいが。。)な現代で、309のこの「素」な構成は本当に貴重で、個人的な思い入れ以上にクルマの文化史的な意味でもコンディションを維持して乗り続けたい、ということで車検を通す正当な理由としよう。


2014年4月13日日曜日

自然の恵みは蜜の味

 「イタヤカエデ」という木からメープルシロップみたいなシロップが採れるらしいよ、と嫁さん。なんのことはない、ウチにあるやん、ということで早速採取の方法を調べてみたところ、雪が残る冬の終わりごろから3週間ほどしか採れないという。ん?もう遅いか、と思いながらも春になって樹木が休眠状態から醒めて根から水分を吸収し始める時期、と考えれば今はまさにその春の息吹をあちこちで感じる季節なので、とりあえずやってみたところ、出るわ出るわ、ドリルで深さ5センチくらいの下穴を開けたところに差し込んだ真鍮パイプから1秒に一滴くらいのスピードでポタポタと。無色透明なのが意外だったけれど3時間ほどでカップ一杯採れた。この調子でいけば。。と皮算用しつつペットボトルに付け替えたところ、夕方4時くらいからは出なくなった。木も一日のサイクルで生きているのだ。おやすみ、ご苦労様、と自然の恵みに感謝しつつ、さっそく煮詰めに。シロップにするには35〜40分の1に煮詰める、つまり採れた量の約3%の分量のシロップにしかならないのだ。今回はカップ1杯くらいだったので結局できたシロップは5ccほど。悲しいくらい少ないけれど、金色に輝いて、さわやかで雑味の無い清々しい甘みで絶品でした。