2011年10月17日月曜日

秋・悲喜こもごも

葉擦れの音が乾いてきたな、と思ったらどんどんと紅葉が進んできた。「桐一葉 日当たりながら 落ちにけり(高浜虚子)」まさにそんな風情ではらはらと落ち葉も進む。日中の清々しさといったら、何を賭しても代え難い快感で開け放した窓からは藁焼きの焦げた甘い香りが漂ってきて、なんとも抜群の昼寝日和。。。といううららかな午後を打ち砕くかのようなカメムシの大群。異常発生のニュースも聞かないが、昼前からかさこそと飛び回り始め、日当たりのいいバルコニー(つまりもっとも居心地の良い場所)一面がカメムシで占拠されてしまった。一斗缶で枯れ草燃やして燻してみたり、木酢液を撒いてみたり、レモンやいろんなハーブを試してみるものの、ヤツらはかなり鈍感でこうした天然由来のものを忌避する様子もなく平気な顔。夕方にはどこかへ帰って?ゆくのだが、いちばん気持ちのいい時簡帯を楽しめないこの歯がゆさよ。俳句や短歌にはいろんな秋の虫が登場するが、秋の景色としておそらく大昔からいるに違いないのだから、ちょっとくらいカメムシを詠み込んだキレイな歌があってもよさそう(ちなみにカメムシは秋の季語)なのに、ほとんど見あたらないのは今も昔も嫌われ者なのか。いやはや。。。網戸が虫かごみたいになってる様子はおぞましくて写真ではお見せできませんのでご想像のままに。はあ。。

2011年9月28日水曜日

サッカーとか自転車とか漆とか

僕はサッカーも自転車も、世間が騒がしくなるずっと前からやっていた。
サッカーは小学校3年生で始めた。野球のどうもあの官僚的な雰囲気に馴染めず自由を謳歌できそうなサッカーに自然に惹かれたのだと思う。当時はまだJリーグなんてもちろん影も形もなく、日本リーグで釜本の日本人としては規格外の活躍が窮屈に見えるくらいの地味なイメージのパッとしない世界だったように思う。いまや日本代表はワールドカップの常連となり、プロ野球とも人気を二分するほどに国民的スポーツとして定着した感があって、隔世の感ありだ。

自転車に興味を持ち始めたのは大学に入ったころか。マウンテンバイクなるものが存在し、なんとフロントサスペンション(ロックショックスとかいう、もう岩なんてへっちゃらな感じ)が装備され変速は指一本で電光石火のごとくパシパシ決まる(ラピッドファイヤーとかいう!変速したら火花でも出そう)そのメカメカしさに惹かれてあっという間に虜になった。当時はまだエコなんてことはだれも意に介さないバブル全盛時代、昔からのサイクリストはしっかりとした趣味の世界を作り上げていたが今のようにネコも杓子も自転車!なんて雰囲気ではなく、かなり渋い世界だったように思う。いまやエコを追い風に書店には自転車関係誌がズラリと並び、街には自転車店が林立し、サイクリストへの社会的な理解が深まったことはとても良いことだと思う一方、へっぴり腰のピスト乗りが跋扈し、歩道をカーボンロードが疾走していくという、機運の高まりの速さに交通マナーや環境が追いついていないゆがんだブームになっていることはやや残念ではある。

いずれもどこかしらマイナーな匂いがするからこそ、満たされない思いというものがあり、そこを埋めることに工夫する余地があることが僕を惹きつけていたように思う。今ほどサッカーシューズが豊富に無かったので足裏の感覚がしっくり来るようにスタッドの高さを自分で削ったりしてその効果を確かめることに、プレーそのものよりも熱くなったものだ。自転車の部品を軽量化すべくドリルチューン(強度に問題が無い範囲で穴を開けて軽量化すること)しまくっていた。いまや自転車のパーツは「超」精密機械となり、ユーザーの手出し出来る部分はほとんど無くなっている。なんでもかんでもメーカーもしくはプロショップでのメンテ推奨だ。専用特殊工具がないと何も出来ないというパーツも多い。ブラックボックス化しているのだ。

要するに僕の気分を支えてきたものは、体の運動ももちろんそうだが、むしろ「装備を工夫して手を掛けること」だったわけだ。人気が高まれば高まるほどメーカーは多様な商品を開発しどんどん便利に快適になり消費者は恩恵を受けるように見えるが、僕にとっては退屈になってゆくばかりなのだ。こうしたことは僕だけが感じていることではなく、クラシックカーやクラシックバイクのレストアに血道を上げる方々は皆一様に同じ思いなのだと思う。

僕が出会ってとにかくずっとこれまで付き合ってこられている漆にも、どこかそうした「おもしろいけど、とてもマイナー」かつ「工夫のしどころたくさん」という存在なのかもしれない。前者にはなんだかいいところを独り占めできてる優越感が、後者にはいろんな可能性がありそうな万能感が感じられて、二重の魅力がある。漆のことは本当の意味で良く知られていないので、もっともっと理解が進めばいいし、携わる人がもっと増えて欲しいと思う、なによりそうでないと産業として先行きが本当に先細りなのだが、一方で、僕にとってほどよくマイナーで、だからこそ魅力的な存在であってほしい、とわがままなことを思うのでした。

(写真はロンドン郊外で見かけたペニー・ファージングのイカしたおじさん)

2011年9月25日日曜日

藤川勇造と乾漆

近代日本を代表する彫刻家、藤川勇造は高松の伝統工芸である香川漆器の祖、玉楮象谷の孫にあたり、東京美術学校(現、東京藝術大学)で彫刻を学ぶ以前には高松の名門藤川家で漆芸の技法について一通り習得を終えていた。美術学校へ入学したあとも彫刻の勉強の傍ら漆芸にもいそしみ、漆硯箱を作って当時の漆工コンペで銀賞を獲得するなど、高度な漆芸を身につけていた。卒業後、画家の安井曾太郎とともにパリへ渡り、オーギュスト・ロダンの最後の弟子として西洋彫刻を学んだ。ロダンは「日本には乾漆塑像のような優れた彫刻があるのに、なぜ西洋彫刻を学ばねばならないのか」と疑問を投げかけていたという。藤川は渡仏中にロダンから受けた唯一の賞賛は乾漆製のうさぎの作品であったと回想している。その作品を見たロダンは「彫刻の内部から膨らむようなやわらかい表現は日本人の感性によって生み出すことができる」と賛美したという。

乾漆とは麻布などを漆でかためて造形を行う技法である。現代では造形手法上、もっとも近い概念の素材はFRPである。FRPが合成繊維を合成樹脂で固めるのに対して、乾漆は天然繊維を天然樹脂たる漆で固めるという点において乾漆はFRPに先立つことはるか千年以上も前に確立された造形技法である。現代生活においてはごく一部の漆芸製品においてのみ細々と継承されているに過ぎなく、一般的な知識・理解は皆無と言って良い。数年前に話題になった国宝興福寺阿修羅像は奈良時代を代表する乾漆仏の傑作で、当時でも貴重とされた漆を使って彫刻がつくられており、日本の彫刻技術の根源的な礎のひとつであることは間違いない。ロダンが乾漆仏についてどれほどの知識を持ち合わせていたかは定かではないが、日本の優れた彫刻が乾漆であるということ、また逆に乾漆であることで日本の彫刻の個性が発露した、と考えていたとすれば慧眼というほかない。

乾漆は粘土や石膏で型をつくり、その表面に麻布を漆で積層して形態を生成し、最終的には型をはずす、あるいは抜き取るため、造形自体が空洞に近い造形になることが多い。ロダンの言う「内部から膨らむような」というのはまさに言い得て妙な表現であり、乾漆の本質をうまくあらわしていると思う。また、内部から膨らむような構造の場合自身を支えるだけでなく「構造」としての強度が高く積層の構成によってはFRPに比肩する可能性もあり、一部の建築構造家などが注目しているなど、現代にも十分蘇る可能性のある素材・技法なのです。

来る10月1日から京都市立芸術大学のギャラリー@kcuaで開催される文化庁メディア芸術祭京都展《パラレルワールド》関連企画《共創のかたち〜デジタルファブリケーション時代の創造力》には、乾漆で制作された椅子の実作が展示されます。乾漆のみで人体を支えることを実証する試みです。お近くの方は是非ご覧になって、乾漆を体験してみて下さい。ロダンの気持ちが分かるかも?
写真は拙作:「捨てられないかたち」

2011年9月23日金曜日

秋の収穫

台風一過ですっかり快晴の朝、そうとう風に揺さぶられたようであちこちに木の枝が落ちている。中には梢というよりはごっつい枝ごと2メートルあまりもぼっきりと折れたのもあって敷地はやや騒然とした様子。運良くそのまま地面に落ちたようだけど、運悪く屋根を直撃していたら‥と思うと、高いところの枝はそれなりに剪定したいところ、とはいえ10-15mもあると簡単にはいかず悩ましいところ。ともあれ、こうして自然の力で「剪定」されていくおかげで薪ストーブの焚きつけに使ういわゆる「柴」には困らない。おじいさんは柴刈りに〜の柴。5月に切り倒したコナラの枝も野ざらしにしていたが、これも良い具合にカラカラに乾いていて、まとめて焚きつけを作った。「作った」というと大げさ、ポキポキと折るだけ。これが焚きつけには最高なのです。子供の頃はよく分かってなかったけど、おじいさんはこれを拾いに行っていたのです。
枝と一緒にクリ拾い。こちらもちょうど台風でバサバサと落ちたところのようで、敷地を一回りしただけでこんなに。をを、今夜はクリご飯か!クリは拾うタイミングがあって、地面に落ちて1-2日も経つと湿気を吸ってしまうのでできるだけ落ちたところを拾うのが良いようだ。去年は少し日数が経ったものしか拾えなくてあまり具合が良くなかったので、今年はいいタイミングで見つけられてラッキーだった。
拾ったものだけで暖が取れ、季節の風味が楽しめる、そんな季節がやってきました。

2011年8月26日金曜日

日本と中国における、もの派のプレゼンスについて考えてみた

恩師でもある彫刻家の小清水漸氏から来春アメリカでもの派の展覧会が開催されると聞いた。それに先立ち中国では数年前からもの派の評価が高まっていると聞く。先日の投稿でもの派について触れたあとで、ちょっと考えてみた。

 もの派の作品群を鑑賞するときに常に頭に浮かぶのは「環境」「表面」「配置」という言葉だ。
関根伸夫の「位相ー大地」ではまさに美術館や画廊ではない環境で、連続的に存在する大地の表面を掘り返し、同じボリュームで新たに配置しなおす、という構造になっている。ほかの作家の作品にもそれぞれのバランスと効果の多寡を異にしながらも、これらの要素を見出すことができるだろう。

知覚心理学者のジェームス・J・ギブソン(James Jerome Gibson 1904-1979)は生態幾何学[i]的に、環境を「サーフェスー表面」のレイアウトという単位で表現できると考えた。ものや空間の「切れ目」のあるユニットによって環境を捉えるのではなく、「サーフェス」のレイアウトで捉えることにより、環境には区切れがなくなると考えた。そして「サーフェス」のレイアウトのあり方と、その種々のレベルで起こる変化が我々に知覚を与えているという。つまり、「サーフェス」としての中身を伴ったものがいつ、どこで、どのように配置(レイアウト)されるかで刺激される知覚が変化するという考え方である。

「表面」はそのものの中身と、それを取り巻く環境との境界・界面といえる。そして表面には常に肌理がつきまとう。表面の変化はつまり肌理の変化であり、我々の知覚もこの肌理の変化によって喚起される。もの派の一連の作品においては、ある素材をほかの素材表面で覆ってしまうような表現がある一方で、同じ素材の表面の様相が連続的に変化している表現も見受けられるが、これらはいずれも表面・肌理の様相の在り方を、一般的秩序から逸脱した状態で提示している。

この「一般的秩序からの逸脱」はアートの原理的手法であるが、ここで喚起される知覚とはいったいどのようなものだろうか。既存の心理学的概念には「手続き型知識」という考え方がある。例えば、自転車に乗ることはできても、乗り方は言葉ではうまく説明できない、というようなことだ。同じことは芸術体験にも当てはめることができるだろう。ある作品が示唆するなにかを知覚したが、そのプロセスはうまく言葉では説明できない、しかし、確かに日常的なレベルとは異なるレベルで知覚したなにかを感じている、ということは多くが経験していることである。しかし、そうした個人の知覚レベルを超越した社会的意識の深層に作品の意味があるように思われる。

高度経済成長を背景として「大量生産」や「均質化する風景」、「土着文化の希薄化」とともに配置されたもの派という「表面」が、当時の急速に価値観が変化する環境において、一定の文化的抑止力として働いたことは、「効果」としては評価できるだろう。同じことが、現在急速に経済的発展をとげる中国においても適応できそうである。しかしながら、当時日本でもの派の活動が社会に与えた「意味」と、現在の中国で提示されるもの派の芸術的訴求力の喚起する「意味」には大きな違いがあるのではないだろうか。

奇跡的な戦後の復興による高度経済成長の中で、均質化する風景や急速に失われていく土着の文化に対する抑止力として効果をもった表現は、自らの暴走的な活動に対するいわば内省的態度の表れと言える。さまざまな外的要因に影響を受けながらも日本人が急速に日本を改造し、その性急さに日本人自らが警告を発したことに、もの派の意味の一つがあった。一方、中国では外資系画廊の経営戦略で肥大化した美術市場で本来美術がはたすべき役割が軽視され、経済的成功がより重要視される状況にある。2007年に北京で開催された「What is MONO-HA」展は美術の本来の役割を取り戻すために、輸入された批判的な視点として意味が見出されたようである。40年あまりの時間的差異を伴うが、同じもの派の表現が同じような社会環境の中で「配置」された、と言えるが、環境=国と時期が違うことで結果として見出される意味に変化が生じていることが興味深い。素材そのものに向かう意識やその意味を掘り下げようとする活動の、その他の表現との境界・界面をもの派という「表面」とするなら、いつ、どこで、どのように配置されるかで喚起される意味が変わってくるのである。

以上は心理学を背景に発達してきた生態幾何学的な発想をもとに、もの派のプレゼンスを日本と中国について考察してみたものであるが、彫刻を背景にしたもの派の作品も従来のユークリッド幾何学が示す世界観とは明らかに違う様相を提示しようとしており、出自を異にしながらも、特に表面の取り扱いに対するアプローチに対称性を見出せることが興味深い。さて、ポスト「超」成熟社会アメリカでは、もの派はどのように「配置」されるのだろうか、いまから楽しみだ。


[i] 生態幾何学(ecological geometry
ジェームス・J・ギブソンが『視知覚への生態学的アプローチ』でその可能性を提示した、動物の行為と相補的な環境の幾何学である。ユークリッド幾何学のような伝統的・抽象幾何学では点と線と平面で理解を構築している。それらの幾何学では、平面には表と裏の両面があり、線には幅がなく、点は場所・面積を持たず座標系を前提にした理論上の抽象的位置でしかない。だが、動物にとっての環境はそのような抽象的単位では構成されていない。伝統的な幾何学が平面と平面の境界を「線」とよぶのに対して、「サーフェス」と「サーフェス」との境界を「線/へり/エッジ」(edge)と定義する。生態幾何学とはサーフェスとエッジと媒質を単位とする幾何学である。(後藤武、佐々木正人、深沢直人『デザインの生態学』東京書籍、200442頁)

2011年8月23日火曜日

ほんとにほんと

八月ですよ、まだ。セミもじゃんじゃん鳴いてるし、カブトムシは飛んでくるし。でも最高気温22度って、たしかに毎晩大きな窓を鱗粉だらけにしてくれるでっかい蛾(オオミズアオ、我が家ではその優雅な佇まいから神様とよばれている?!http://tinyurl.com/3bup73e)もいないし夜だと20度は下回ってるし肌寒いけど、まさかストーブを焚くとは!いやほんと火でも熾さないと肌寒くて。全国的に特異日だったとはいえまさかのストーブ、でも実は嬉しいのです。常にリビングにデ〜んと構えているくせに夏は全くの無用の長物で、というよりも役割を取り上げられた寂しさが漂っていて、やっぱりストーブには火が入っているほうが空間がいきいきとするのです。とはいえ、つけたらつけたでこれまた暑くて窓を開ける始末、まったく微調整というものが利かないので合いの季節にはこうした「コタツでアイス」のような贅沢感というかムダ感というか、まあでも洗濯物がパリッと乾いて気持ちいいという福次効果は川沿いで湿気とカビとの戦いのこの立地ではとても嬉しいのでした。
とにかく、少しずつ秋の気配がそこかしこに感じられるようになってきました。

2011年8月14日日曜日

なんも暑ないで(イントネーションは関西弁で)

猛暑・酷暑のニュースを聞かない日はないが、ここ仙台の山端は最高気温でも30度を越えるかどうか、朝晩はひんやり、もちろんエアコンのお世話になることはない(ウチにはそもそも無いし)。地元の方は暑いとおっしゃるが、故郷京都のうだるような暑さが身に染みついている身体にとってはほんとに過ごしやすく心地よい夏だ。
車で数分も行くと蓮や水芭蕉の群生地やひっそりと、でも結構豪快な滝など、避暑には最高な場所だったりして、このあたりの避暑地パフォーマンスは結構高いと思う。先日も出入りの業者(山形出身)が、酷く暑くもなく雪害もない仙台が気候的にはいちばんいいと言っていたことも頷ける。確かに一般的な現代の郊外型の生活に比べればスーパーは遠いし、ゴミ出しは車で数分だし、水は井戸水ポンプが不調で時々断水するしで、色々と労を伴うとはいえ、死ぬほど不便かといえば、震災の時には水には困らなかったし(なんせ目の前が川、他所に給水さえできた)、薪ストーブだから暖も取れた(近所のおっちゃんたちがウチに毎晩集まって宴会してた@震災直後)し、田んぼや畑をやってるご近所からは食料が手に入ったしで、なにも非常時だけに限ったことではないけども、実はとても安定した暮らしなのだ。さらに近所にこうした散歩スポットもあるしで、なんも言うことないで、全く。
今日も暑かったけど少し空気も乾いてきてちょっと秋の空の気配も。お盆だけど。