2014年5月11日日曜日

きんきん?


メガネとの付き合いはもう25年以上になる。もちろん近視矯正から始まったわけだが、映画やドラマの渋〜いおっさんたちの「鼻眼鏡」に昔から憧れていたので、将来どんな老眼鏡がいいかなと楽しみにしてきた。そしていよいよ、ここ数年で決定的に焦点調整能力が落ちてきて、2年前に作った遠近両用の「近」の方が合わなくなってきたので、ついに老眼鏡を作ることにした。とはいえ、常にメガネを二本持ち歩くのは面倒だしどうしたもんかなと思っていたところ、良い物をみつけた。なんとメガネが鼻のところで真っ二つに分かれるようになっていて、つるがそのまま首の後ろで繋がっているというコロンブスのタマゴ的?なデザインなのだ。これがとても具合がいい。マグネットでパチンパチンと小気味よくつけ外しができて、外したらあとは首からぶらさがっているので無くしたり探したりする必要がない。標準で付いてくるレンズはオモチャみたいなものなので、きっちり老眼測定してレンズを新調。びっくりしたのは、遠近両用というのは馴染みがあったのだが、なんと「近-近両用」というスペックがあるのだ。伏し目で手許の本を読むような距離と、少し顔を上げてコンピュータのモニタを見るような距離の両方をカバーするのだ。「両用」っていうのもどうかと思うが、レンズの上半分と下半分で役割を分けてあるのだ。もちろん境界なんてものは無くて目の動きにとても自然に合っている。レンズテクノロジー恐るべし。これでオレも渋いおっさんの仲間入り?にはまだ年季が足りないね。

2014年4月30日水曜日

つつきすぎ

 コツコツと木を叩く音がするな、と思ったらコゲラが必死に巣作りしているのが見えた。部屋からでもすぐそこの欅の枝をつついているのが見える。しかし必死だ。朝から夕方まで時々休みつつ、ひたすらつついている。見ているこっちが心配するくらいの勢いでみるみる穴は大きくなり、こちらが気付いてから3日ほどですっかり身体が入るくらいになった。今度は中から巣穴を大きくしているのだろう、時々穴から顔を出して嘴で木くずをはき出す仕草がとてもけなげでカワユい。我が家の野鳥観察図鑑によると、コゲラは雀よりも少し大きいキツツキ科の仲間で、「Japanese Pygmy Woodpecker」とも呼ばれ学名の一部の「kitzuki」は本種を記録した時の標本の採集地が大分県杵築市だったことなど、日本人には昔から馴染みのようだ。どうやらつがいのようで、もう一匹はそばをちょろちょろしながら心配そうに(?)作業を見守っている。これで毎日様子が楽しめると思っていた矢先、庭先で大きな音!なにかと思ったら、どうやらコゲラが頑張りすぎたようで、枝が折れてしまったのだ。もともと掘りやすい朽ちかけたところを選んでいたのだと思うのだが、いくらなんでも頑張りすぎ?彼女にイイところを見せたかったのか?


2014年4月20日日曜日

すっぴん

 クルマの話を少々。89年式プジョー309GTI。205というコンパクトなハッチバックは日本でも一世を風靡した感があるが、この309はほとんど見かけたことが無い。309と言えば、クルマを長く乗るヨーロッパではいまでも現役バリバリでタクシーなんかにも良く使われている。一昨年南イタリアを旅した時にも3〜4台は目にした。コンパクトな205を大人4人が座れるようにホイールベースをストレッチしてトランクをくっつけたような、昔でいう3ボックスなれど、2ドアでノッチバックという、謎のデザイン。リアウインドーごとガバッと跳ね上がるノッチバックは意外と使いやすくて、可倒式・完全フラットのリアシートを畳めばかなり大きな荷物も飲み込めるのだ。つまりファミリーカーとして設計されているのだが、このGTIは1.9LのただのOHVから130馬力、185/55/15という当時としてはかなり大径&扁平のタイヤを履いた、走りにこだわったグレードだ。5速・100km/hで3000回転近く回ってしまうローギヤード設定と、今の常識からすれば「超軽量」といっていい970kgの軽量ボディーのおかげで、のけぞるような加速は強烈だ。オールアルミのエンジンでシングルカムのおかげもあって軽いボンネットは重心も低く、ほとんどロールしない足回りで回頭性が高くアンダーステアとは無縁だ。このスペックでも、ストロークたっぷりのサスペンションのおかげで乗り心地が良いのがフランス車の矜恃といったところだろうか。マニュアルミッション、電子デバイスなし、エアバッグなし、衝突安全基準なんてだれも気にしなかった時代の、今では考えられないような本当に「素」のクルマだ。
 普段はすでに17万キロを越えた98年式パサートワゴンに乗っているのだが、興味深いのは89年-98年のこのあたりの10年でクルマはメチャクチャ進化したということだ。すでに16年前の年式とはいえ、エアバッグ(シート含む)、電子制御の入ったAT、トルク制御デフ、ABS、無線式ドアロック、サイドインパクトビーム、前後クラッシャブルストラクチャー、などなどほぼ現代の標準が揃っている。最新技術では自動ブレーキだとかアンチスリップなどのアクティブセーフティー系が目白押しだが、これはクルマの進化というよりはコンピュータとセンサの進化といっていい。走る、曲がる、停まるの基本性能はこの10数年ほとんど変わっていない。快適になり安全になったことは結構なことだが、クルマに乗っている、というより乗せられていると感じるクルマばかりなのは、クルマが完全に大衆化した証なのかもしれないが、走りを優先した高性能車であっても、ドライバーをサポートするなにがしかの電子制御を完全に断ち切ることができるクルマは皆無(ケーターハムが軽のセブンを出すらしいが。。)な現代で、309のこの「素」な構成は本当に貴重で、個人的な思い入れ以上にクルマの文化史的な意味でもコンディションを維持して乗り続けたい、ということで車検を通す正当な理由としよう。


2014年4月13日日曜日

自然の恵みは蜜の味

 「イタヤカエデ」という木からメープルシロップみたいなシロップが採れるらしいよ、と嫁さん。なんのことはない、ウチにあるやん、ということで早速採取の方法を調べてみたところ、雪が残る冬の終わりごろから3週間ほどしか採れないという。ん?もう遅いか、と思いながらも春になって樹木が休眠状態から醒めて根から水分を吸収し始める時期、と考えれば今はまさにその春の息吹をあちこちで感じる季節なので、とりあえずやってみたところ、出るわ出るわ、ドリルで深さ5センチくらいの下穴を開けたところに差し込んだ真鍮パイプから1秒に一滴くらいのスピードでポタポタと。無色透明なのが意外だったけれど3時間ほどでカップ一杯採れた。この調子でいけば。。と皮算用しつつペットボトルに付け替えたところ、夕方4時くらいからは出なくなった。木も一日のサイクルで生きているのだ。おやすみ、ご苦労様、と自然の恵みに感謝しつつ、さっそく煮詰めに。シロップにするには35〜40分の1に煮詰める、つまり採れた量の約3%の分量のシロップにしかならないのだ。今回はカップ1杯くらいだったので結局できたシロップは5ccほど。悲しいくらい少ないけれど、金色に輝いて、さわやかで雑味の無い清々しい甘みで絶品でした。


2014年3月30日日曜日

危機的?そうでもないかも

 みすや針本舗。京都は三条河原町商店街を少し西に入り路地を抜けたところにある針の専門店だ。観光客でごった返す商店街とはまるで別世界へいざなうような、暗い通路を抜けると静かで落ち着いた小さな小さな店舗が現れる。3人も客が入ればもう満員、なスペースにショーケースを兼ねたカウンターがあるばかり。店主がひとり、あれこれと丁寧に店の来歴から針のことまで、細々と説明してくれる。裁縫はほとんどしないものの、明治万博で展示された針の現物そのものが見られたり、洋裁・和裁で要求される針の「性能」が異なること、手作りでしか作れない「五つ穴」の針のことなど、聞いているだけでめちゃくちゃ面白い。五つ穴というのは、普通一つしか空いていない穴が、縦に五つ並んで空いているもので、十二単の縫製に使うのだとか。こればかりは機械では作れないらしく、熟練の職人にしか作れないという。その職人さんも高齢で、後継者がいないとか。本当に機械で作れないのか、とも思うが、そもそも十二単が日常的なものではないのだから、それを維持するための針を作る機械をわざわざだれも開発しない、というのが本当のところだと思うが、いずれにしろ、ここでも生活様式の変化と後継者不足の典型的な問題が横たわる。そうは説明してくれるものの、不思議ににこやかで明るい店主の笑顔がとても印象的で、悲壮感がかけらも感じられなかった。恐らく何十年も変わっていないだろう包み紙の柄(パッケージのデザイン、とも言えるがちょっと言葉のニュアンスが違う)とか、和鋏の合理的で完成された端正な佇まいとか、小さいながらそれぞれが現代の商品としてもとても魅力的なことが、店主の自信を支えているのかもしれない。裁縫もしないくせにまた来たいと思った。

2014年3月27日木曜日

だれも気にならないのか?

 岐阜大仏を見てきた。詳しい来歴はWikiに譲るが像高13mを越えるスケールは奈良、鎌倉と肩を並べる大きさで、日本三大仏と称する向きもあるらしい。格や歴史ではかなわず、一般的には認められていないそうだが、僕が気になるのはこれが乾漆だということ。木材の柱を拠り所にして竹を編んで概形を作り、粘土で表面を整えた上で、経文を書いた和紙を漆で固めた構造で、その成り立ちから「籠大仏」とも呼ばれている。いずれにしても天平期の正統派ばりの乾漆像だ。40年近くをかけて制作され、完成は1832年というから19世紀だ。不思議なのは、天平期に隆盛を迎えながらも、その後の木造仏の技術発展などによりほとんど作られなくなった乾漆仏が1000年の時を超えてなぜ、そしてなぜ、時の権力と関係のない地方にこの大きさで作られたのか、ということだ。17世紀にはすでに漆は輸入に頼っていたことが最近になって科学的にも確かめられており、つまり、国産漆はすでに需要を賄えていなかったわけで、単純に考えて19世紀にこの大きさの大仏を乾漆で作ろうとは、普通は考えないと思うのだ。どこを調べても大きさや構造やちょっと造形がユニーク、みたいなことは書かれているのだが、そもそも「なぜ漆なのか?」という問いを立てた人がこれまでいなかったのだろうか。そこが一番不思議だ。ともあれ、そのお顔や佇まい、お堂も含めて、京都宇治黄檗山万福寺の末寺ということもあり、全体としては少し大陸的な雰囲気の境内はとても落ち着いた気持のいいお寺でした。普茶料理にありつけなかったのが無念。



2014年3月10日月曜日

ながしず漆植樹際

 日本はその昔、漆の国と言われましたが、今では国産漆は生産量が激減しています。国産漆は良質な漆として知られており、光沢に優れ、硬化した塗膜はとても堅牢・強靱(きょうじん)で、宮城県では瑞鳳殿や大崎八幡宮などに使われてきました。こうした文化財の修復には国産漆が使われます。しかし、国産漆の減少と価格の高騰がこのまま続けば、文化財の保存もままならなくなるでしょう。
 この度、「宮城県みんなの森づくりプロジェクト」では東日本大震災で被災して耕作放棄された海岸沿いの平野部にウルシ(樹木としての漆はウルシと書きます)を植えることになりました。平野部で管理育成することで、山間部に比べて労力の削減と健全で効率的な栽培が可能です。植栽から漆採取までは15-20年を要しますが、今この問題に向き合わないと、漆の文化そのものを失ってしまいます。漆は天然の抗菌作用があり、一般的にはあまり知られていない食品、蝋燭、染料などとしての多様な可能性のほか、現代生活でも十分に利活用できる衛生的で高機能な天然素材です。循環型の資源としてウルシ栽培を通して被災地に将来的な雇用を生み出すことで、漆産業の発展と伝統文化を守ることにつながります。
 3月9日日曜日に南三陸町長清水(ながしず)地区にてウルシの植樹を行いました。宮城の方のみならず東京や京都からもご参加頂き、60余名のみなさんで100本を植えました。当日は晴天に恵まれ幸先の良い一日でした。これから息の長い取り組みになりますが、地域に根ざした活動になるように様々な企画を準備しています。みなさんも是非一度お運び下さい。